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あのピッチに立ちたかった【塩川 心花】

秀岳館高校サッカー部の塩川心花です。

私は、この3年間、日本一ということを目標に頑張って来ました。

沖縄から秀岳館に入ってきた女子サッカー部の選手は、自分達の代が初めてでした。
覚悟を持ってここへ来たけど、自分が思ってたよりも大きくて、分厚い壁でした。

1年生の選手権の全国大会で、初めてあんな舞台を見ました。ピッチに立ってる先輩たちは、とてもかっこよくて、あのピッチに自分も立ちたい。と思いました。

その日から、全国大会というのを1番の目標にずっと頑張ってきたけど、なかなかポジションを掴みきれず、レベルをあげない限り、ずっとこのままだと思っていました。2年生の選手権の九州大会の準決勝で、チャンスを掴むことが出来ました。2年生の全国大会はピッチに立つことが出来きましたが、その試合は、何も出来ずに終わりました。

そして、自分達の代になり、自分らが引っ張って行く立場になって、3年生になったら、こんなにも背負うものが重いんだなということを身に染みて感じました。どんどん日が経つにつれて、チームはいい方向に進んで、皆が成長していきました。

自分たちにとっては、全ての大会が最後になるっていうのをわかっていたので、悔いが残らないようにとしていました。
総体の、県大会の決勝戦は、延長戦までもっていき、何とか、勝つことが出来たものの、日本一を目指してるのに、県大会の決勝で手こずってたら、話にならないということも思いました。
総体の、九州大会の準決勝は、優勝した東海大星翔と当たりましたが、その試合は、負けたけど、負けた気がせず、絶対選手権では、勝つ。という強い気持ちでした。
総体の全国大会の切符を掴むことは出来なかったけど、神村学園が日本一になりました。

自分は、その瞬間、自分たちにも、可能性はあると思いました。

その日から絶対日本一になると決めました。
選手権へ向けてのトレーニングが始まってる中、自分は、事情でチームから1ヶ月離れていました。戻ってきた頃には、当たり前、ポジションは、取られていて、取り返そうにも取り返しきれず、焦りと悔しさでいっぱいだったけど、選手権までには、絶対戻ってこれるように前を向いて、ポジションを掴むことだけを目標に頑張ってきました。

コンディションも戻って、自分のプレーも戻ってきて、やっとポジションを掴めて、選手権の県大会を迎えました。選手権の決勝戦も、総体と同様、東海大星翔とでした。とってもいい内容で終われて、今までトレーニングでしてきた事を出せたし、あの日の勝ち方は自分達の自信へ導けたとも思っています。

選手権の県大会が終わり、矢野さん含むチームのみんなは次の九州大会で勝つことを目標にひとつになっていました。トレーニングでも、自分達で要求を強くして、質をあげたり、やらない人がいるなら厳しく言ったり、矢野さんも、本気になって教えてくれて、全員が本気で日本一になりたいんだと感じました。

その日々をずっと繰り返してたから、やっぱりメンタル的にもきつい時もありましたが、それを乗り越えて迎えた選手権の九州大会。
色んな人の思いを背負い、ピッチに立ちました。
全国が決まる試合で、敗退してしまいました。
もう考えたくないほどの悔しさしか残っていません。

なにもできなかった。
みんなを全国に連れて行けなかった。
もう矢野さんからサッカーをおしえてもらえない。
考えれば考えるほど、沢山の想いが出てきて、言葉が出ませんでした。

サッカーは何が起こるかわからない。
勝負は負けるか勝つか。
自分達が、その負けになり、相手が勝った。
もう戻れなくて、本当に無力すぎる自分が悔しくて、こんなに悔しい気持ちになったのは、初めてでした。
皆に日本一の景色を見せて上げたかった。
連れて行けなくてごめんね。

矢野さんのもとでサッカーが出来て幸せでした。3年間、ありがとうございました。

3年生は、一緒に試合にでることが出来ず、色んな立場の人がいたので、2月にある、総合選手権では、皆で試合に出て、楽しく終わりたいです。
そして、残りの高校生活を楽しんで終わりたいです。

(塩川 心花)

 

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