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濃くて短い3年間【玉城 亜海】

こんにちは。
秀岳館サッカー部3年の玉城亜海です。

私は、1年生の頃から元々怪我が多く、チームから離れることも多くありました。
何回も何回もみんなから置いていかれてるのを感じたり、何度も心折れそうになったり辞めたくなることもありました。
そんな時にずっと支えてくれたのはたった1人の母でした。

私の母は、5人兄弟のシングルマザーです。
兄弟で4人サッカーをしており、母は毎日毎日全員の送迎をしてくれ、仕事が忙しい日でも、少しの時間を使って私たち兄弟に欠かさずご飯を作ってくれたり、自分で私たちがサッカーをできるようにサッカーの審判免許を取って休日は審判しにきてくれたりしてました。

私の母は、私にとって憧れです。
かっこいいヒーローです。
高校生になって沢山悩んだ時、挫けそうになった時、いつも「亜海なら大丈夫。ずっとあみの味方だよ。」っていう言葉に何度も助けられました。

親の元を離れて沖縄から熊本に来た私は、2年生になった頃、人として大きく成長できたと思います。

私にはずっと叶えたかった夢があります。
それは3年生になった時全国のピッチに立ち、日本一になる姿を親に見せる事でした。
母は私の試合を1度も見に来れなかったけど、全国に行けば絶対応援行くって言ってたので、全国に行かないといけないというプレッシャーが私にはとても大きかったです。

3年生になった私は副キャプテンになりましたが、チームに貢献できたのか、キャプテンのサポートは出来たのか分からないけど、このチームで副キャプテンを出来たことは本当に良かったと思います。
3年生になってからは怪我で離脱することは無く選手権では県大会から全試合先制点を決めることができ、よかったです。

11月に行われた選手権の九州大会では2回戦で敗れ、全国出場を逃してしまいました。

同級生の思いを背負って立ったピッチは今までとは全く違う感覚でした。
たくさんのプレッシャーの中、私は思うようにプレーすることが出来ませんでした。
ですが、こんなに誰かの想いを背負ってピッチに立ったのは初めてで、とても感じさせられることが多く、良かったとも思います。
私の3年間は、濃くて短い3年間でした。

私には秀岳館高校サッカー部に所属している1年生に弟がいます。
私の後に続いて秀岳館に来てくれたことは嬉しく思います。
弟の存在があったからこそ最後の1年間心強くいられました。
これから沢山、苦労もすると思うけど負けずに頑張って欲しいです。

これからはもっと上を目指してサッカーを続けます。
秀岳館で学んだこと、自分らしさをもっと出せるように練習していきたいと思います。
3年間沢山支えてくださった、監督、コーチ、チームメイト、家族、友人に、またここから成長した姿を見せれるように、次のステージでも活躍し、恩返しできるように頑張ります。
あと少しの間ですが、よろしくお願いします。

(玉城 亜海)

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