秀岳館オフィシャルサイト

秀岳館での3年間を振り返って【羽袮田 星哉】

 

僕は、地元鹿児島を離れ、秀岳館に入学しました。

入学当初は、県外ということもあり、知らない人ばかりで、同級生で鹿児島出身は自分を含めて2人だけだったので不安も多かったです。ですが、先輩に同じチーム出身の方々がいたりしたので心の拠り所はあった気がします。

また、入学して1週間くらいで「あ〜地元の高校行けばよかった」なんて憂鬱になってたのを覚えています。でも時間が経つに連れ、友達も増えていき、生活にも慣れていきました。

サッカーでは、周りについていけるのか不安でしたが、それどころか史上最弱世代なんて周りから言われてた気がします。
個人では、初めはリーグ戦など先発メンバーではなかったのですが、1年の7月くらいから定着できるようになりました。そして、9月の東海大星翔戦で0-2から3-2の逆転勝ちをした1戦では逆転の3点目を決めれたのが高校3年間で最高に嬉しかったゴールでした。

高校2年生では、1年の時より思うようにリーグ戦に出れなくて伸び悩んだ年だと思います。正直、大好きなサッカーが大嫌いだった時期だったかもしれません。
それと同時に新型コロナという存在が現れました。遠征も行けなかったり、対外試合もできない時もありました。1番楽しみにしてた修学旅行も行けませんでした。サッカーも学校行事も理想や想像通りには中々進みませんでした。

高校生活最後の3年生では、サッカーを頑張るにプラスして進路のことも悩み、よく考えました。様々な思いもありましたが、自分はサッカーに関しても悔いのない選択をしたと思うので後悔はありません。

高校3年間はとても濃く、あっという間でした。サッカーを通して多くのことを学び、その中で多くの経験もありました。

僕たちの世代はコロナの影響で10年後くらいには「青春ロスジェネ世代」なんて言われるのでしょうか?そのように呼ばれたとしても逆に胸を張れると僕は思います。なぜなら、青春時代にコロナ渦という、目の前が真っ暗な時代をサッカーを通して工夫しながら生活し、また、マスクをつけるだの手指消毒するだの当たり前じゃなかったことが当たり前になったり、変わった世の中に適応しながら生き抜いてきました。この経験は社会に出て、いつか、何かのことできっと役に立つ思うからです。

自分は地元に残らず秀岳館に来て本当に良かったと思っています。学年としても個人としても大きく成長できたのは、この学年のみんな、監督、コーチ、先生方、両親など多くの人のおかげだと思います。感謝しています。まだあと少しリーグ戦が残っているので優勝してみんなで笑って終われるように全員で頑張ります!

(No.30 羽袮田 星哉)

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